火山の国へ
ルワンダ
ダイアン・フォッシーがマウンテンゴリラのために人生の18年間を捧げたのは、ルワンダのヴィルンガ火山群の斜面でした。

ダイアン・フォッシーの足跡をたどって

著名な古人類学者ルイス・リーキーの支援を受け、ダイアン・フォッシーは1967年にマウンテンゴリラの行動に関する長期研究を始めました。およそ18年にわたり、いくつもの家族の移動や血縁関係、ときには群れの離散までを見守り続けました。当初から、森をうろつく密猟者や、家畜を連れた牧畜民と対立し、事態が一刻を争うことを理解していました。
彼女の働きかけによって、密猟対策パトロールが生まれました。
このアメリカ人霊長類学者は今、ゴリラを守る闘いの象徴であり、絶滅の危機にある大型類人猿を研究するためにアフリカへ渡った動物保護のアイコンです。
まさに伝説的存在であるダイアン・フォッシーは、『霧のなかのゴリラ』という一冊の本を遺しました。マウンテンゴリラの保護に身も心も捧げ、ついには自らの命まで差し出した、意志の強い情熱的な女性の記録です。
ゴリラとの初めての出会いを、私は決して忘れないだろう。姿を見る前に、まず音が聞こえ、においがした。じゃこうのような強いにおい、家畜小屋のような、それでいてどこか人間に近いにおいだった。



火山国立公園

火山国立公園は、ルワンダ北西部の北部州、ムサンゼ(旧ルヘンゲリ)の町の近くにあります。首都キガリから北へ120キロ、車で約3時間の距離です。
1925年に設立された、アフリカで最も古い国立公園です。霊長類学者ダイアン・フォッシーの研究拠点(カリソケ研究センター)があった場所として、またマウンテンゴリラの最後の聖域のひとつとして、世界的に知られています。
主な火山は5つ。カリシンビ(最も高く、4,500メートル以上)、ビソケ、ムハブラ、ガヒンガ、サビニョです。
公園には、ゴールデンモンキー、スイギュウ、マルミミゾウ、多くの鳥類も暮らし、山地の熱帯林と竹林が深く広がっています。
クウィタ・イジナ、ゴリラの命名式

クウィタ・イジナは、マウンテンゴリラの赤ちゃんに名前をつける有名な式典です。2005年にルワンダ政府が始めたもので、追跡調査をしやすくするためにゴリラに名前をつけていた霊長類学者ダイアン・フォッシーの仕事を受け継いでいます。キニアルワンダ語でクウィタ・イジナは「名前をつける」という意味です。家族が集まり、身内に囲まれて生まれた子を披露し、名前をつけるというルワンダの古い習わしに由来しています。
毎年(通常は9月)、過去12か月間に火山国立公園で生まれたゴリラの赤ちゃんに正式な名前がつけられます。2026年9月4日にキニギで開かれた第21回では、22頭の赤ちゃんゴリラが命名されました。
名前をつけるのは、国内外の著名人(スポーツ選手、アーティスト、政治家、環境活動家)です。当日は、ルワンダの伝統的な音楽や踊りが披露されます。この行事は、マウンテンゴリラの保護への関心を高め、科学研究を支え、観光と生物多様性保全の恩恵を地域社会に還元することを目指しています。
マウンテンゴリラ、1,000頭を超える!

1,063
野生のマウンテンゴリラ · 2024年調査
マウンテンゴリラ1,063頭。2024年に行われた最新の調査による、世界の野生個体数です。1970年代に「近絶滅種」とされた種としては、望外の数字です。
IUCN(国際自然保護連合)によると、その状況は改善に向かっています。保護活動の成果により、現在は「絶滅危惧種」に分類されています。マウンテンゴリラは中央アフリカの2つの地域、3か国にまたがって暮らしています。ルワンダ、ウガンダ、コンゴ民主共和国にまたがるヴィルンガ山地と、ウガンダのブウィンディ原生国立公園です。
減少の曲線が上向きに転じるのは、そう多いことではありません。未来に大きな希望を抱くのに十分な理由です。